今日は音楽について考えさせられる日になった

 今日の午後、クラシックのコンサートに行ってきました。知人のギタリストがクラシックの弦楽の人たちと共演するとのことで、けっこう楽しみだったのです。

 最初の曲はギターとチェロのデュオ。いい感じで始まったのですが、しばらくするといやーな感じになってきました。チェロのピッチ(音程)がずれてきたのです。それでもたまたまかなと気を取り直して次の弦楽3重奏曲を聴きました。ヴァイオリンもダメだったのです。結局この2曲で会場を後にしました。
 
 アマチュアとはいえ、クラシックで弦楽器をやっている人は数十年演奏しているのが普通でパンフにも豊かなキャリアが書かれていました。バイオリンやチェロでは音程を決める指の位置は基本的に「勘」です。しかし、このコンサートでの演奏家たちは、ハッキリ言えば音階(ドレミファ)を正しい音(僕のような素人が分かる範囲で)で演奏出来ていなかったのです。
 
 ショックなのは演奏している彼らがそれを分かっていないと思われる事です。そんな小さな事を気にせず音楽を楽しめば?と言われるかもしれませんが、それはとうてい無理です。気持ちが悪くなってしまうからです。ぼくにとっては拷問のようなものですから。
 
 だからといって、下手なやつは人前で演奏するななどと言うつもりは毛頭ありません。チューニングもろくにあっていないギターをかきならしても楽しい音楽はあります。しかし、クラシックのようにきちんと譜面に書き込まれた様式をベースとした音楽でピッチが合わないというのは致命的です。
 今日演奏した方々のこれまでの努力を思えば、最後まで聴いて賞賛の拍手をおくるのが人としては正しいのかもしれないと自分の感情と葛藤しながら、このままでは叫びだしてしまうんじゃないかという不安で会場を去ったのです。
 
 知人のギタリストは見たこともないほど緊張していましたが、素晴らしい演奏でした。それだけに今回の共演は残念でした。

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