クラウス・フォアマンまたはクラウス・ヴォアマンを知ってる?

NHK-BSで1/31に放映された「サイドマン ビートルズに愛された男」を見た人は少なくないだろう。ビートルズの文字がそこにあったから。

彼の名前は僕も知っていたが、当時は「ヴォアマン」と英語読みで呼んでいた記憶がある。彼はミュージシャンとしてリーダーアルバムを発表したわけでもなく、何となく名前だけが記憶に残っていた。

1960年代から19701年代にかけて、様々な(特にビートルズのメンバー)ミュージシャンと共演している。ビデオは昔リンゴ・スターから提供されたという黄色のカマロノオープンに乗って登場した。ビデオはハンブルグ時代のビートルズ(デビュー前)との関わりから現在までと、彼の70歳を祝うアルバム作りの風景をオーバーラップさせながら進んだ。

アルバム作りのために集まるミュージシャンは彼自身まだ分からないと言う。
実際に集まってきたメンバーと、旧友との再会を果たしたミュージシャンの顔ぶれはすごい!!

ヴァンダイクパークス
ジムケルトナー
ツィッギー(CMのアートワークをやっていた)
マンフレッドマン(メンバーの一員だった)
カーリー・サイモン
ニルソン(彼についてはボロクソだったが・・・)
リチャードペリー
マンフレッドマン
リンゴ・スター
ジョー・ウォルシュ(ビートルズ「リボルバー」のジャケット原画を所蔵していた)
ランディー・ニューマン
ドクター・ジョン(彼とは共演を果たさなかった)

古い人達ばかりで、最近の人はほとんど知らないだろうけれどそうそうたるメンバーです。

ジョン・レノンの伝説的なトロント・ライブに参加、リハ無しで行われたという話。それで納得しました。あのヒドイ演奏・・・ジョンとニルソンが作った駄作が何故駄作だったのかの真実(酒まみれ、薬まみれだったようです)。

かーりー・サイモンの大ヒット曲「You’re so vain」のイントロに使われた印象的なベースによる速いアルペジオも彼のアイデアと指から生まれたとは!カーリーと再会した後、彼が「会って悲しかった」とつぶやいたのは美しかったカーリーの年老いた姿ゆえなのか、進歩しない音楽性によるものなのかは明かさなかったが、両方だったような気がする。

寡黙で我が道をひたすら歩いたヴォアマンのなんとカッコイイことか。白いワーゲンにリボルバーのジャケットを手描きで再現して、それに乗って走り去る・・・カッコ良すぎます。

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